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札幌地方裁判所 平成2年(行ウ)2号 判決

原告

片岡顕二

右訴訟代理人弁護士

遠藤誠

黒田純吉

山内容

高野国雄

大島治一郎

被告

陸上自衛隊北部方面隊第七師団長藤縄祐爾

右指定代理人

新庄一郎

栂村明剛

垂石善次

小鷹勝幸

小野誠二

櫻庭徹

立川直樹

田崎守男

増田直俊

木村勝夫

伊知地敏

宇都克枝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対して平成元年三月一六日付けでなした陸上自衛隊北部方面隊第七師団第一一普通科連隊への転任を命ずる処分を取り消す。

二  被告が原告に対して平成元年四月二七日付けでなした懲戒免職処分を取り消す。

第二事案

一  事案の要旨

1  原告は、自衛官として、陸上自衛隊東部方面隊第一師団第三二普通科連隊(市ケ谷駐屯地。以下「第三二普通科連隊」という。)第四中隊に配属され勤務していたところ、平成元年三月一六日付けで陸上自衛隊北部方面隊第七師団第一一普通科連隊(東千歳駐屯地。以下「第一一普通科連隊」という。)への転任を命ぜられ(以下「本件転任処分」という。)、同連隊第三中隊に配置されたが着隊しなかったため、正当な理由もなく欠勤を続けたとして、同年四月二七日付けで懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)を受けた。

2  原告は、

(一) 本件転任処分は、「准陸尉及び陸曹の人事管理の基準に関する達」等に違反した違法なものであり、かつ、原告をその思想信条などを理由に第三二普通科連隊から排除することを目的とした違憲無効なものである、

(二) 本件転任処分が違法あるいは違憲無効であるから原告の行為は欠勤にはならず懲戒事由は存しない、本件懲戒免職処分に至る手続は自衛隊法施行規則等の所定の手続によらないでなされた違法なものである、

などと主張して右各処分の取消の請求をする。

二  争いのない事実等

1  原告の自衛隊での勤務歴等

(一) 所属

原告は、昭和四五年一一月二七日、陸上自衛隊に入隊し、教育隊において教育訓練を受けた後、昭和四六年六月三日、第三二普通科連隊第四中隊に配属され、以後同隊に勤務してきた。

(二) 階級

原告は、入隊当時二等陸士であったが、その後、昭和四六年一〇月一日一等陸士に、昭和四八年一月一日陸士長に、昭和五二年七月一日三等陸曹に、昭和五六年七月二等陸曹に昇進した。

(三) 特技

原告が、本件懲戒免職処分を受けるまでの間に取得した特技は次のとおりであった。

〈1〉 基本軽火器(昭和四六年六月一日取得)

〈2〉 初級軽火器(昭和四七年八月四日取得)

〈3〉 レンジャー(昭和五一年六月二九日取得)

〈4〉 中級軽火器(昭和五二年六月二四日取得)

〈5〉 上級軽火器(昭和五九年五月七日取得)

2  原告に対する転任処分

被告は、原告に対し、平成元年三月一六日付けで本件転任処分をした。

3  原告の未着隊

(一) 自衛隊法(以下「法」という。)三一条二項、任命権に関する訓令(昭和三六年二月三日防衛庁訓令第四号。以下「任命訓令」という。)五条二項に基づいて制定された陸上自衛官人事業務規則(昭和五三年一一月一六日陸上自衛隊達第二一―六号。以下「人事業務規則」という。)二五条及び同規則の別紙第一八によれば、異なる方面隊地域間における転任については発令日を含め八日以内に異動を完了しなければならず、かつ異動を命ぜられた者は異動完了日の課業終了時刻までに新補職先部隊等に到着しなければならないこととされていた。

(二) 右諸規定によれば、原告が本件転任処分により第一一普通科連隊へ着隊すべき時刻は、平成元年三月二三日午後五時(課業終了時刻)ということになるが、原告は、同時刻までに第一一普通科連隊へ着隊しなかった。

4  原告に対する懲戒免職処分

被告は、平成元年四月二七日付けで、原告に対して、原告が平成元年三月一六日付けをもって第一一普通科連隊に転任を命ぜられたにもかかわらず、この命令に従わず、異動完了日である同年三月二三日午後五時に至るも第一一普通科連隊に着隊せず、以後、未着隊のまま欠勤を続け、同年四月二六日までの三四日間にわたり、正当な理由のない欠勤をなしたものであることを理由に、本件懲戒免職処分をした。

5  陸曹の転任に関する規定

本件転任処分当時、陸曹の転任に関しては次のように規定されていた。

(一) 陸曹の転任権者

陸曹の転任は、転任先の任免権者が行うこととされている(法三一条一項、任命訓令二八条二項、三〇条の二、隊員の任免等の人事管理の一般的基準に関する訓令(昭和三七年一〇月二九日防衛庁訓令六六号)三条一〇号、任免権行使の細部要領に関する達(昭和三六年三月三一日陸上自衛隊達二一―七号)一一条一項、一〇条一号ただし書)。

(二) 転任手続等

転任手続の概要を定めている「准陸尉及び陸曹の人事管理の基準に関する達」(昭和五六年二月一七日陸上自衛隊達第二一―一七号。以下単に「達」という。)には、次のとおり規定されていた(なお、達は平成二年三月三一日廃止され、右廃止に伴い同年四月一日、「准陸尉及び陸曹の人事管理の細部に関する達」(平成二年陸上自衛隊達二一―二〇号)が制定された。)。

(1) 転任をなしうる場合

陸曹の勤務地を変更する転任は、次の場合に行うものとする(九条)。

〈1〉 当該地域の出身隊員が少なく、また勤務を希望するものが少ない等のため、陸曹の充足維持に特別の考慮を必要とする駐屯地(以下「充足管理対象駐屯地」という。)に陸曹を補充する必要がある場合(なお、北海道と沖縄県内に所在するすべての駐屯地及び本州内に所在する約三〇の駐屯地が充足管理対象駐屯地に指定されていた。市ケ谷駐屯地もこれに指定されており、その基準勤務期間は六年と定められていた(一一条)。)

〈2〉 充足管理対象駐屯地等に転任し、一定期間以上勤務した者が、他の駐屯地等に転任を希望する場合

〈3〉 陸曹及び陸士の定員構成比が不均衡のため、当該部隊のみでは陸曹の充足が困難な部隊(陸曹補充対象部隊)に陸曹を補充する必要がある場合

〈4〉 施設等機関、技術研究本部、調達実施本部、長官・方面総監直轄部隊等に長期間(おおむね一二年以上を基準とする)勤務している陸曹を他の駐屯地等に転任させる必要があると直轄部隊等の長が認めた場合

〈5〉 特殊事情が生じた陸曹で転任が真にやむを得ないと認められる場合

〈6〉 定年退職前の陸曹で他の駐屯地に転任を希望する場合

〈7〉 その他必要な場合

(2) 転任者選択等の基準

〈1〉 充足管理対象駐屯地等への勤務は、努めて全員が公平に負担するものとし、充足管理対象駐屯地以外に勤務する者を充足管理対象駐屯地等へ転任させるものとする。ただし、充足管理対象駐屯地等以外から補充することが困難な場合は、充足管理対象駐屯地等から転任させることができる(一〇条)。

〈2〉 連隊長等は、充足管理対象駐屯地等への転任要員の選考に当たっては、通常充足管理対象駐屯地等に勤務したことのない者や、勤務したが基準勤務期間に満たない者を優先して選考する(一二条)。

〈3〉 充足管理対象駐屯地への勤務期間が基準勤務期間を経過し、他の駐屯地への転任を希望する場合には、勤務期間の長い者の転任が優先される(一五条)。

〈4〉 陸曹補充対象部隊等への補充のための転任に関しては、当該部隊の特性及び陸曹の階級構成等を考慮し、当該職務に適する陸曹又は陸曹候補指定直後の者から選考して転任させる(一六条)。

〈5〉 直轄部隊等((1)の〈4〉)長期勤務者の転任に関しては、直轄部隊等の組織機能を発揮するに必要な重要特技者の充足状況、後継者の育成及び個人の状況等を考慮して行い、努めて近傍駐屯地に所在する部隊との相互間において行うものとする(一七、一八条)。

〈6〉 特殊事情該当者((1)の〈5〉)の転任に関しては、本人や家族の病気や扶養の必要性等、重要な事情がある者に対して、当該特殊事情の事由・程度を考慮し、努めて当該特殊事情の条件を満たすことができる駐屯地に転任させるよう留意する(一九ないし二一条)。

〈7〉 停年退職前((1)の〈6〉)の転任に関しては、本人の退職予定日までの期間の長短などを考慮し、その希望する駐屯地又は近傍の駐屯地に転任させるために行う(二二条)。

(3) 補職関係

〈1〉 陸曹の補職に関しては通常六年を基準として補職の変更に努める(二三条一号)。

〈2〉 部隊等における補職の変更は部隊等の組織機能を発揮するに必要な重要特技者の充足状況、後継者の育成及び個人の状況等を考量して、近傍駐屯地又は同一駐屯地内において行うこととし(同条二号)、三等陸曹、二等陸曹任命後当初の期間においては、努めて当該隊員の職種にかかる小隊等に配置し、部隊本部又は各機関の事務的な職への配置は努めて避けるように留意する(同条三号)。

6  懲戒処分に関する規定

自衛官に対する懲戒処分に関しては、法、自衛隊法施行規則(以下「施行規則」という。)、任命訓令及び懲戒手続に関する訓令(昭和二九年八月二八日防衛庁訓令第一一号。以下「懲戒訓令」という。)に次のように規定されている。

(一) 処分権者

陸の曹たる自衛官の採用以外の任免は、方面隊・師団の部隊などに所属する者については、師団長が行い(法三一条一項、任命訓令二八条二項)、自衛官の任免権者は、その任免にかかる自衛官に対しすべての種類の懲戒処分を行うことができる(任命訓令四六条一項)こととされているから、本件原告の場合には本件転任処分が有効であれば被告が懲戒権者ということになる。

(二) 懲戒事由

隊員が次の各号の一に該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給または戒告の処分をすることができる(法四六条)。

(1) 職務上の義務に違反し、または職務を怠った場合

(2) 隊員たるにふさわしくない行為のあった場合

(3) その他この法律またはこの法律に基づく命令に違反した場合

(三) 懲戒手続

(1) 懲戒権者は、審理を行おうとするときは、当該審理に付せられる隊員(以下「被審理者」という。)に対し、規律違反の疑いがある事実を記載した書類を送達しなければならない(施行規則第七三条、懲戒訓令九条)。

(2) 懲戒権者は、被審理者が申し出たときは、隊員のうちから弁護人を指名しなければならない(施行規則第七四条、懲戒訓令一〇条)。

(3) 懲戒権者は、自ら又は懲戒補佐官に命じて被審理者及び証人(第六八条の規定による申し出をしたものを含む。以下同じ。)の尋問その他の証拠調べをすることができる。

被審理者及び弁護人は、証人の尋問その他の証拠調べを請求することができる(施行規則七五条一項、二項、懲戒訓令一二条)。

(4) 懲戒権者は、事案の審理を終了する前に、懲戒補佐官を列席させた上、被審理者又は弁護人の供述を聴取しなければならない。ただし、被審理者又は弁護人が供述を辞退した場合、故意もしくは重大な過失により定められた日時及び場所に出席しない場合又は刑事事件に関し身体を拘束されている場合は、その者の供述についてはこの限りではない。

懲戒権者は、長官の定めるところにより、前項の供述の聴取を部下の上級の隊員に命じて行わせることができる(施行規則七六条一項、二項)。

(5) 懲戒権者が施行規則第七六条第一項の規定により供述聴取を行うため被審理者又は弁護人の出頭を要求するときは、出頭要求書を送達するものとする。

三  争点及び争点についての双方の主張

1  争点

(一) 本案前の主張

(1) 本件転任処分の不利益処分性

(2) 本件転任処分取消請求の訴えの利益の消滅の有無

(二) 本件転任処分の効力

(三) 本件懲戒免職処分の効力

2  原告の主張

(一) 本案前の主張

(1) 居住移転の自由は憲法第二二条で保障された基本的人権であるところ、本件転任処分は、原告の勤務場所及び住居の移転を伴い、原告の生活関係に多大の影響を与える不利益処分であるから、その取消を求める訴えの利益が存在する。

(2) 本件懲戒免職処分は、その前提となる本件転任処分が違法で取消を免れないものであり、かつ、その手続にも重大な瑕疵がある。したがって、原告は自衛官の身分を有しており、本件転任処分の取消を求める訴えの利益も消滅しない。

(二) 本件転任処分の効力―取消事由の存在

(1) 法令違反

本件転任処分は、達等に規定された(前記二5)転任をなし得る場合、転任者の選択等の基準及び補職関係についてのいずれの要件にも該当せず、当該達等に違反する。

即ち、原告は、充足管理対象駐屯地である市ケ谷駐屯地に基準勤務期間の三倍である一八年間勤務してきたものであるから、前記達の諸規定にしたがえば一層その定着を図り、転任にあたってはその意思が尊重されなければならない隊員である。また、他に原告より優先して転任させるべき者が存在したにもかかわらず、これらの者については何らの検討もなされていない。

(2) 裁量権の逸脱(目的の違法性)

本件転任処分は、次に述べるような事情を総合すると、思想信条を理由に原告を第三二普通科連隊から排除することを目的としたもので、憲法一九条に違反する違憲無効なものである。

〈1〉 原告の信条

原告は、自衛隊に入隊後、自衛隊内では絶対服従の上下関係が課業外の私的命令にまで及んでいることに疑問を持ち、理不尽な私的命令を拒否したり、抗議したりしてきた。また、原告は、次第に、自衛隊内にも民主主義が必要である、侵略戦争を行うことには反対しなければいけないと考えるようになり、その旨の意見を表明することもあった。

〈2〉 佐藤備三二等陸曹の転任問題

ア 昭和六二年一二月ころ、原告と同じ第三二普通科連隊第四中隊に勤務していた佐藤備三二等陸曹(以下「佐藤二曹」という。)に対し、同中隊長を通じて北部方面隊への転任が打診された。

当時、隊内では、佐藤は反戦だ、付き合うなといった声が出たり、佐藤二曹と話をした隊員が後に中隊長からその内容を聞かれたりしており、佐藤二曹は隊内での自衛隊のあり方に批判的な隊員の中心人物と目されていた。佐藤二曹には千葉県内に勤務する妻がおり、それを承知で北海道への転任を計画するのは、佐藤二曹の思想内容を理由に同人を市ケ谷駐屯地から追放しようとの意図に出たものである。

イ 佐藤二曹は、右転任の打診に対して、「苦情の処理に関する訓令」に基づき苦情申立てを行うなど異動を承知せず、また、連隊内で批判も出たことから、自衛隊当局は佐藤二曹の転任を断念した。その後、代わって、小林英夫三等陸曹に対して転任を強要しようとしたが、同人の反対でこれも断念せざるを得なかった。

ウ 原告は、佐藤二曹の右転任問題について佐藤二曹に同調し、第三二普通科連隊第四中隊長川脇辰美三等陸佐(以下「川脇中隊長」という。)に対し、右問題について幹部陸曹会同(以下「幹曹会同」という。)を開くよう要求するなど、佐藤二曹を支持する態度を表明していた。

〈3〉 剣士会の利用

ア 自衛隊当局は、右のように佐藤二曹らの転任を断念したものの、以後一年間にわたり、佐藤二曹らに同調する自衛官に対して組織的な暴行脅迫が加えられるようになった。第三二普通科連隊第四中隊内には剣士会と称する銃剣道グループ(代表・清水剛三等陸尉)があり、自分達と考えを異にする隊員を暴力や脅迫を用いて抑圧し支配していたが、自衛隊当局は、剣士会などの銃剣道グループを一層育成強化すべきものと考え、他の部隊への内示の出ていた清水剛三等陸尉(以下「清水三尉」という。)の転任を急遽取りやめ、剣士会の積極的な育成強化に乗り出した。

イ 昭和六三年七月一三日、剣士会のメンバーが、吉本守人三等陸曹(以下「吉本三曹」という。)に対して、「佐藤二曹は反戦だ。お前も佐藤二曹の仲間だろう。」「お前のような奴は殺す。」などと暴言を浴びせたうえ、全治一週間程度の暴行を加える事件が発生した。その後、佐藤二曹と親しくしている隊員に対して、剣士会のメンバーを中心として、毎日のように脅迫等が加えられるようになった。また、同年一一月一四日、剣士会のメンバーらが、朱通直人三等陸曹(以下「朱通三曹」という。)を同中隊幹部室に監禁したうえ、暴行脅迫を行い、同人に退職を強要する事件が発生した。

このような事態について、第三二普通科連隊長は何らの是正措置をとらないばかりか、意図的に容認しあるいは剣士会を利用して唆していた。

〈4〉 原告の意向

陸曹の転任についての従来の取扱いでは、すべて予め当該陸曹の同意を得ており、本人が反対の意思を表明しているにもかかわらず転任処分を行うことはなかった。しかし、本件原告の場合には、原告が拒否しているにもかかわらず本件転任処分がなされた。

(三) 本件懲戒免職処分の効力

(1) 懲戒事由の不存在

〈1〉 転任処分の違法

本件転任処分は前記(二)のとおり違法あるいは違憲無効であるから、これに従わず、第一一普通科連隊に着隊せず、勤務しなかったからといって、欠勤をしたことにはならない。

なお、原告は、本件転任処分後も第三二普通科連隊駐屯地内の宿舎に居住し、同隊への就労を要求したが、同隊連隊長らはこれを拒否し、平成元年四月一日、原告を右宿舎から強制退去させた。

〈2〉 年次休暇の取得

原告は、平成元年四月五日、第三二普通科連隊長に対し、同年四月八日から同月三〇日まで年次休暇の請求をし、同年四月七日には陸上幕僚長に対し、同月一三日には第一一普通科連隊第三中隊長に対し、それぞれ同内容の休暇を請求する旨の書面を送付した。原告は、これによって、請求期間について年次休暇を取得したから、同年三月二三日から四月二六日まで第一一普通科連隊に出勤しなかったことは欠勤したことにはならない。

(2) 懲戒手続の違法性

本件懲戒免職処分に至る手続(以下「本件懲戒手続」という。)においては、次のとおり、被告において、施行規則及び懲戒訓令の規定を無視し、原告が権利防御をする機会を全く与えないばかりか、積極的に妨害するなど重大な手続違背がある。

〈1〉 施行規則及び訓令違反

被告は、原告に対し、被疑事実通知書及び出頭要求書を同時に送達したり、出頭期日を近接して指定するなどした。このような行為は、原告に弁護人選任や証人申請の時間的余裕を与えないものであり、施行規則及び懲戒訓令に反する。

〈2〉 弁護人選任に対する妨害

第三二普通科連隊第四中隊長渥美晴久三等陸佐(川脇中隊長の後任者。以下「渥美中隊長」という。)及び同連隊第一科長川井田誠三等陸佐(以下「川井田三佐」という。)は、原告が本件懲戒手続において弁護人になることを要請していた朱通三曹、吉本三曹、銀鏡哲雄二等陸曹(以下「銀鏡二曹」という。)、遠藤昭彦三等陸曹(以下「遠藤三曹」という。)及び熊井啓一三等陸曹(以下「熊井三曹」という。)らに対して、原告の弁護人を引き受ければ暴行脅迫等を受け、あるいは不利益な取扱を受けるであろう旨告知し、原告の弁護人選任権を妨害した。

〈3〉 他の隊員についての懲戒手続との不均衡

本件懲戒手続は平成元年四月五日に「欠勤一日」の規律違反の被疑事実について実施された吉本三曹に対する懲戒手続と比較すると、被審理者の防御権に十分配慮して慎重になされたものとはいえず、その手続に重大な瑕疵がある。

3  被告の主張

(一) 本案前の主張

(1) 本件転任処分取消請求の訴えの利益

自衛隊員に対する転任処分は、昇任及び降任等のように隊員としての階級に変動を生じさせることなく、それ以外の方法で他の官職に任命するものであり、それ自体においては法律上の身分及び俸給に何らの異動を生ぜしめない、いわゆる水平異動である。

本件転任処分は、原告の法律上の地位に何ら不利益な変更を及ぼすものではないから、その取消を求める訴えの利益はない。

(2) 本件懲戒免職処分により原告は自衛官の身分を失ったから、本件転任処分の取消を求める訴えの利益は消滅した。

(二) 本件転任処分の効力

(1) 法令違反について

〈1〉 達の法的性格

達は、昇任、勤務地及び補職等の人事管理についての大綱を示したものであり、これによって各自衛官に対して勤務地に関する保障をしたものではない。また、達は法規たる性質を有しない「通達」に属するものである。従って、仮に達の定める基準に反したからといって、本件転任処分の効力が影響を受けるものではない。

〈2〉 達の解釈

本件転任処分は、充足管理対象駐屯地である北部方面隊からの差し出し要員に替わる陸曹を補充するための転任であり、「充足管理対象駐屯地等へ陸曹を補充する必要がある場合」(達九条一号)、若しくは「その他必要な場合」(同条七号)に該当する。また、達は、充足管理対象駐屯地間の異動を制限していないし、さらに、達一二条の「充足管理対象駐屯地」には、現在勤務している充足管理対象駐屯地は含まないと解釈するのが相当である。したがって、本件転任処分が達の規定に反することはない。

原告の主張は、その基礎となる達の解釈を誤ったものである。

〈3〉 市ケ谷駐屯地の実態

市ケ谷駐屯地は、実態としては、都市化の進行、当該地域出身隊員及び勤務希望者の増大等により充足管理対象駐屯地にふさわしい場所とはいえなくなった。即ち、市ケ谷駐屯地は、我が国の政治、経済、文化の中心地である首都圏に所在し、現在ではその周囲は交通機関のターミナルやビル等繁華街となっている。この結果、近年では市ケ谷駐屯地勤務を希望する隊員は多くなっており、現に同駐屯地における関東地区出身者の占める割合は約七四パーセントとなっている。

以上のように、市ケ谷駐屯地は本件転任処分当時、既に充足管理対象駐屯地としての実質を失っていたのであるから、仮に達に定める基準に反して同駐屯地勤務者を他の充足管理対象駐屯地に転任させたとしても、人事管理上不公平になるものではない。

(2) 裁量権の逸脱について

〈1〉 原告を転任要員として選考した理由

ア 本件転任処分は昭和六三年度の人事異動の一貫としてなされた。昭和六三年一〇月四日、第三二普通科連隊長は、各中隊長などに対し、次のような異動に関する基本方針を示した。

「充足維持を第一義とし、組織の活性化と勤務地管理に伴う負担を公平に分担することを本則とし、准陸尉、陸曹及び陸士の異動を行う。この際、基本的には要求される階級・特技・勤務条件を満たす者から、長期間同一中隊あるいは連隊に所属している者で、異動経験の有無、特殊事情の有無、中隊などの状況、家族の状況などを考慮しつつ異動調整をすすめる。」

イ そして右異動における第一一普通科連隊に必要な要員の指定は、階級が二曹以上、特技が上級軽火器であった。

ウ 渥美中隊長は、連隊長の示した前記アの基本方針を基調とする准陸尉・陸曹・陸士の人事管理を具現する観点から、原告が右基本方針に合致し、しかも第四中隊所属期間が約一七年と中隊で二番目に長期であること、健康及び子弟に格別の問題のないこと、北海道出身であり、老齢の両親及び病弱な実兄が苫小牧市に居住している上、スキーが上手で冬季の行動への適応も容易であること、最終希望住居地として北海道を希望していて、北海道を絶対に拒絶しているわけではないこと、北海道勤務を著しく不合理とする特殊事情のないこと等を総合勘案して原告を最適任者と判断したものである。

したがって、本件転任処分について裁量権の逸脱、濫用はない。

〈2〉 原告の信条について

原告は、自衛隊当局に対して自分がいわゆる反戦自衛官であることを公言したこともなければ、目立った行動もなかった。自衛隊当局は、平成元年二月のテレビ放映まで原告がいわゆる反戦自衛官であるということやその思想信条を知る余地はなかった。

〈3〉 剣士会について

剣士会は銃剣道の訓練を目的とした任意の団体であり、仮にその構成員が原告主張のような行為に及んだとしても、自衛隊当局の意を受けた者の行為ということはできない。

〈4〉 被転任者の意向

自衛隊の中隊長等が個々の隊員の身上を把握したり、転任の際の希望を聴取することはあっても、それは転任の資料とするためであって、当該隊員の同意がなければ転任命令をなしえないとする法令上の根拠はない。

(二) 本件懲戒免職処分の効力

(1) 懲戒事由

〈1〉 原告の未着隊及び欠勤

原告は、本件転任処分に従わず、異動完了日時(平成元年三月二三日午後五時)までに新補職先である第一一普通科連隊に着隊せず、その後も勤務に服さなかったのであるから同日以降欠勤をしたことになる。

なお、本件転任処分により、原告は第一一普通科連隊に異動し、被告の指揮下に入る義務を負い、第三二普通科連隊において勤務する立場にはなかったのであるから、原告主張の就労要求はそもそも根拠がない。そして、原告は、平成元年四月一日、右宿舎を自主的に退去したものである。

〈2〉 年次休暇請求の不適法

本件転任処分とこれに基づく配置により、原告の所属長は第一一普通科連隊第三中隊長となったのであるから、陸上幕僚長あるいは第三二普通科連隊長に対する年次休暇の請求は不適法である。

また、自衛官は何時でも職務に従事することのできる態勢になければならない(法五四条)ことから、隊員に対する休暇は、当該隊員が所属長の管理支配下にあって正常な勤務関係に服している場合、又は正常な勤務関係に速やかに復帰しうる場合においてのみ認められるものである。ところが、原告は、第一一普通科連隊第三中隊長の管理支配下を離れ、一度も正常な勤務関係に至らず、かつ度重なる説得にも応ぜず着隊しようとしなかったのであるから、原告は正常な勤務関係に服そうとする意思に欠けていたことは明らかである。したがって、原告は休暇を申請する立場になかった。

以上のとおり、原告がその請求により年次休暇を取得したものと認める余地はない。

(2) 懲戒手続の適法性

〈1〉 被告は、平成元年三月二三日、第七師団法務官鎌田徹二等陸佐(以下「鎌田法務官」という。)に原告の規律違反行為についての調査を命じ、同法務官は原告から事情を聴取するなど調査を遂げたうえ被告に報告した。被告は、右報告に基づき原告に規律違反があると認め、同年四月一七日、東千歳駐屯地において原告の規律違反行為についての審理を実施する旨決定した。

右決定に基づき、被告は、原告に対して、被疑事実通知書、出頭要求書及び弁護人申請書を再三送達した。

〈2〉 原告は、平成元年三月二二日、第一一普通科連隊第三中隊長門川正輝三等陸佐(以下「門川中隊長」という。)との面談の際、既に自己の行為が規律違反に相当するものであると認識していた。原告は自己に対して懲戒手続がなされることを早期に予測していたのであるから、懲戒手続の審理のなかで本件転任処分の是非を問うべきための準備時間を十分に有していた。

〈3〉 原告は、適正手続違反の主張を繰り返すのみで、審理への出席を拒否し、弁護人申請もせず、懲戒権者の指揮監督権に服すべき義務を故意に怠るなど無責任な態度に終始した。

〈4〉 渥美中隊長は、平成元年四月二一日、原告が弁護人として予定していた朱通三曹と面接した際、同人が本件懲戒手続において弁護人となることは原告を転任要員に選考し上申した自分の決定に反することになるとの趣旨の発言をしたが、これは同じ隊の隊員が左右に分かれて論争するのは悲しいことだという心情を述べたにすぎず、同人が弁護人となることに反対したものではなく、このことをもって、弁護人選任の妨害とみることはできない。

また、川井田三佐が、翌四月二二日、原告が弁護人を要請した熊井三曹と打合せをしようとした際、原告に殴られるなよとの暴言を吐いたという事実はない。仮にあったとしても、弁護人要請をする原告がそのような行為に及ぶはずがないのであるから、弁護人選任の妨害に結び付くとはいえない。

〈5〉 吉本三曹に対する懲戒処分について、懲戒権者蛯谷三等陸佐は、早急に審理を実施する予定であった。しかしながら、平成元年四月一〇日から同月二〇日までの間、東富士演習場において中隊検閲が予定されていたことから、そのための準備の時間などを勘案して、中隊検閲終了後に実施することにして、手続を進めたものである。このように、吉本三曹に対する審理実施の経過は、隊務運営の都合上延びたにすぎず、本件懲戒手続の経過をこれと単純に比較することは不適切である。

四  証拠関係

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第三争点に対する判断

一  本案前の主張―本件転任処分取消請求の訴えの利益

1  転任処分自体は、法律上の身分あるいは俸給には何らの変更ももたらさないいわゆる水平異動であるから被処分者に不利益を課する処分ではないが、水平異動であっても、被処分者に現実に著しい不利益を与え、当該処分を取り消すことによってはじめて侵害された利益が回復される場合があることから、当然に不利益処分でないとはいえない。

本件転任処分は、東京都新宿区市ケ谷から北海道千歳市への異動で、住居の移転を伴うこと、気候の違いによる体調への影響等を考慮すると、被転任者が受ける影響は大きいので、水平異動であることをもって、本件転任処分は不利益処分ではなく、訴えの利益がないということはできない。

2  被告は、原告が本件懲戒免職処分により自衛官の身分を失ったから本件転任処分の取消を求める訴えの利益は消滅したと主張し、原告は、本件懲戒免職処分の前提である本件転任処分には取消事由が存在すると主張するので、先ず、本件転任処分の効力について検討する。

二  認定した事実

(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば次の事実を認めることができる。

1  本件転任処分前の状況

(一) 原告は、昭和四五年に自衛隊に入隊したが、次第に、自衛隊では絶対服従の上下関係が課業外の私生活にも及び、旧軍隊的な体質が残っていると感じるようになった。そこで、原告は、中隊内で、旧軍隊的な体質を直していかなければならないと討論したり、また、自衛隊員の組合を作るべきだと発言したりしてきた。そして、このような自分の意見が他の人に広まればと考え、自衛隊員の人権や権利に関して自衛隊当局を批判していた「隊内通信」という機関紙や、「不屈の旗」という自衛隊幹部の言動を批判する記事などを掲載したりしている機関紙に投稿したりもした。もっとも、原告がこのような投稿をするにあたっては、ペンネームを使用していた。

(二) 佐藤二曹は、昭和六二年一二月ころ、北部方面への転任の打診を受けたが、これを拒否した。

原告もまた、この転任を納得できないとして、佐藤二曹を支持する立場の有志らと会合を開いたほか、幹曹会同の開催を川脇中隊長に対して提案した。原告は、開催された幹曹会同において、平時における転属は本人の意向を尊重しなければならないという自衛隊当局に対して批判的な意見を述べた。

その後、右転任の方針は撤回された。

2  本件転任処分に至る経緯

(一) 陸上自衛隊において毎年度定期的に実施されている准陸尉、陸曹及び陸士の転任のうち、方面隊を異にする転任の場合、まず、陸上幕僚長が各任免権者に転任数を指示し、これを受けて異動前と異動後の任免権者が事前に転任要員として上申されていた隊員について協議した後、異動先の任免権者が任免することとされてきた。

なお、自衛隊では中隊長等が隊員個人の全般的な身上を把握するために幹部、准陸尉及び陸曹に対して、毎年度経歴管理調査書(当該隊員の特技、資格・免許、主要勤務歴、希望補職等、家族構成、住所等、希望などを記載させるもの。以下「調査書」という。)を中隊長等に提出させている。

(二) 陸上幕僚長は、昭和六三年一月二七日、「昭和六三年度准陸尉、陸曹及び陸士の転任について(通達)」をもって、昭和六三年度の准陸尉・陸曹・陸士の転任数を各方面総監、各部隊長、各機関の長(以下「方面総監等」という。)に命じた。

(三) 第三二普通科連隊長山本勝一等陸佐(以下「山本連隊長」という。)は、同年一〇月四日、各中隊長などに対し、次のような異動に関する基本方針を示した。

「充足維持を第一義とし、組織の活性化と勤務地管理に伴う負担を公平に分担することを本則とし、准陸尉、陸曹及び陸士の異動を行う。この際、基本的には要求される階級・特技・勤務条件を満たす者から、長期間同一中隊あるいは連隊に所属している者で、異動経験の有無、特殊事情の有無、中隊などの状況、家族の状況などを考慮しつつ異動調整をすすめる。」

(四) 渥美中隊長は、同月一七日、所属の陸曹に対し、昭和六三年度後期准陸尉、陸曹及び陸士の転任を行うに先立ち、中隊教場において、昭和六三年度後期の異動について全般的な説明を実施した。この中で、渥美中隊長は、昭和六三年度後期の異動は、勤務地の負担の公平とマンネリの排除による組織の活性化、ひいては部隊の精強につなげることを転属の主眼とする、資格要件に適合する者のなかで、中隊勤務の長い者、個人の事情の許す者を考慮する、この教育の後、一人一人の事情について確認するため面接を行う旨述べた。

(五) 渥美中隊長は、同月二四日、原告と一回目の面接を行い、健康状態、家族の状況、将来の勤務地・部隊・職務の希望などについて聴取した。

(六) 山本連隊長は、同年一一月上旬、渥美中隊長に対し、昭和六三年度後期異動において転出要員として左記の三名を上申するよう指示した。

(1) 東京地方連絡部の広報課要員一名(職種、特技の指定なし)

(2) 北海道への交流要員一名(職種・普通科、階級・二等陸曹以上、特技・上級軽火器)

(3) 習志野業務隊要員一名(職種、特技の指定なし、階級・二等陸曹)

(七) 渥美中隊長は、原告が昭和六三年一月一日付けで作成した調査書及び前記(五)の面接の結果を踏まえて、原告を北海道への交流要員の最適任者と判断した。その理由は次のとおりである。

(1) 原告が転任要員として要求された職種、階級及び特技の要件に合致する。

(2) 第四中隊所属期間が約一七年と中隊で二番目に長期である。

(3) 健康及び子弟に格別の問題がない。

(4) 北海道出身であり、スキーが上手で冬季の行動への適応も容易である。

(5) 老齢の両親及び病弱な実兄が苫小牧市に居住しており、最終希望住居地として北海道を希望していて、北海道を絶対に拒絶しているわけではないと考えられる。

(6) 北海道勤務を著しく不合理とする特殊事情がない。

(八) 渥美中隊長は、昭和六三年一一月七日、原告と二回目の面接を行い、「北方勤務をしてもらうことを考えている。」と告げて右異動を了解するよう求めた。原告は、一旦拒否する旨述べたが、渥美中隊長が再度面接をするのでそれまで考えてほしい旨告げたことから、「しばらく考えさせてほしい。」と述べた。

(九) 渥美中隊長は、同月一〇日、原告を中隊長室に呼んで右異動についての諾否を聞いたところ、原告は、北海道への転属を辞退する旨述べた。

渥美中隊長は、翌一一日、清水三尉の立会いの下に原告と三回目の面接を行った。この中で、渥美中隊長は、「今回の転任は、この前の転任のゴタゴタを一掃するために、すんなり行ってほしい。」と述べたが、原告は転属を辞退する旨述べた。

(一〇) 渥美中隊長は、同月一六日、原告と四回目の面接を行った。その際、渥美中隊長は、原告から異動を辞退したいこと、その理由として転任要員の選考に納得できないこと及び異動先が北海道であることなどの説明を受け、繰り返し今回の異動の基本方針を説明し、北方勤務に快く応じるよう説得したが、結局原告の了解は得られなかった。しかしながら、渥美中隊長は、原告が北方勤務の最適任者であるという判断に変わりはなかったので、原告を上申要員と決めて山本連隊長に報告した。

一方、陸上自衛隊第七師団人事第二班長永井満三等陸佐(以下「永井三佐」という。)は、転任要員名簿の送付を受けて、第一師団の人事第二班長に原告の身上について確認した際、原告が北部方面隊への勤務を納得していないことを知らされた。そこで、第七師団人事幕僚において、原告の主張する転任拒否理由を子細に検討した結果、原告が転任を拒否するに相当な理由がないこと、原告の階級・特技、射撃や銃剣道の技術および入隊以来、順調に昇進を続けている点などを評価して、第七師団に必要な人材と判断し、異動内示の手続を進めた。

(一一) 原告は、渥美中隊長に対し、昭和六三年一二月六日付けで「転属に関する意見書」と題する書面を提出した。この意見書には、原告は今回の転属に納得できず、断固拒否する旨書かれていた。また、原告は、山本連隊長に対して、昭和六四年一月四日付け苦情申立書を提出し、この中で、今回の転属は達に反する不法不当なものであるとして、白紙撤回を求めた。山本連隊長は、原告に対して、同月三一日、原告の申立てには理由がなく、右苦情申立てを棄却する旨の通知をした。

原告は、佐藤二曹や朱通三曹とともに、同月三〇日付けで日本弁護士連合会に対して、本件転任は思想信条に基づき不利益な扱いをするものであるとして、人権救済の申立てをした。そして、同じころ、右人権救済の申立てについて、テレビ、新聞などのマスコミで報道され、その際、原告は自らいわゆる反戦自衛官であることを公にした。

(一二) 被告は、渥美中隊長を通じて原告に対し、平成元年二月一日、同年三月一六日付けで第一一普通科連隊に異動させる旨内示し、さらに、同年三月一〇日、本件転任処分を伝達した。そして、原告は、本件転任処分に基づき、同月一三日、同連隊第三中隊に配置された。

3  本件懲戒手続に至る経緯

(一) 原告は、右2(三)のとおり、第一一普通科連隊への異動内示を受けたが、当該内示を拒否する旨意思表示した。さらに、本件転任処分伝達直後、命令は不法不当なので従わない旨発言し、異動に関する諸手続(旅費請求、物品の返納など)をとることを拒否した。

第一一普通科連隊副連隊長、門川中隊長及び第一一普通科連隊第三中隊付准尉今泉靖弘陸曹長(以下「今泉曹長」という。)は、平成元年三月一八日から二三日にかけて、再三、第一一普通科連隊へ速やかに異動するよう原告を説得したが、原告はこれを拒否した。

(二) 鎌田法務官は、原告に対して、同月二三日、原告は着隊遅延の規律違反を犯していることになること、翌二四日、原告は欠勤を開始したという規律違反を犯していることになると通告した。

(三) 第一一普通科連隊人事幹部成井健郎一等陸尉は、原告が同月二三日午後五時を経過しても第一一普通科連隊に着隊せず、翌二四日午前八時になっても到着しないことから、被告に対し、同月二四日、原告の行為について規律違反の申立てをした。

この申立てを受けて、被告は、原告の行為が規律違反に該当する疑いがあると判断し、鎌田法務官を規律違反の事実の調査官に命じた。

(四) 鎌田法務官は、原告を除く関係者から、それまでの原告の行動が規律違反に該当するか否かを調査することとし、六名の隊員(渥美中隊長、第三二普通科連隊第四中隊補給陸曹一等陸曹石井三郎、同連隊第一科人事陸曹二等陸曹染谷利夫、門川中隊長、今泉曹長、第七師団司令部人事幹部一等陸尉濱勝久)に対して、原告の規律違反について知っていることを記載する答申書の作成を依頼し、同月三〇日までにすべての答申書を受領した。

(五) 原告は、本件転任処分後、東京地方裁判所に対し、本件転任処分の執行停止仮処分の申立てをしたが、同裁判所は、同月二八日、右申立てを却下する旨決定した。これを受けて鎌田法務官は、原告に対し、同日付けで、速やかに着隊するよう通知した。

(六) 鎌田法務官は、同月三一日午前九時から、第三二普通科連隊移転準備室において、原告から任意の供述聴取を行って供述調書を作成し、原告はこれに署名押印をした。原告は、右供述調書の中で、本件転任処分は違法不当であるから拒否していること、したがって転属に伴う旅費の請求や物品の返納も拒否したこと、第一一普通科連隊副連隊長や門川中隊長らから速やかに着隊するように再三説得を受けたが拒否したこと、同年三月二三日及び翌二四日には鎌田法務官から原告の行為は規律違反に該当する旨告げられたことを認めた。

ところで、自衛隊当局は、本件転任処分後も市ケ谷駐屯地内の宿舎に居住していた原告に対して、本件転任処分により、原告はすでに第三二普通科連隊の所属ではないこと、その結果、一旦駐屯地外へ出ると再び立ち入ることはできなくなる旨通告していた。原告は、翌四月一日、弁護士との打合せのために駐屯地外へ出る際、以後、連絡は黒田純吉弁護士の事務所(以下「黒田弁護士事務所」という。)にしてほしい旨希望して駐屯地外へ出た。

(七) 原告は、同年四月七日付けで、陸上幕僚長に対して、年次休暇請求書(期間:同月八日午前八時から同月三〇日午前零時まで。年次休暇日数:一五・五日。理由:裁判関係での弁護士との会合及び休養)を提出したところ、所定の手続に該当しないので不受理とする旨の同月一一日付け陸上幕僚監部人事部人事計画課長名の通知の送付を受けた。そこで、原告は、同月一三日付けで第一一普通科連隊第三中隊長に宛てて、あらためて同じ内容の年次休暇請求書を提出した。これに対し、門川中隊長は、原告に対し、速やかに着隊するよう勧める内容の書簡を送った。

(八) 鎌田法務官は、同年四月一三日、被告に対し、原告の規律違反被疑事実に関する調査をまとめた調査報告書に関係者から聴取した供述書及び答申書等を添付して報告した。その要旨は左記のとおりであった。

(1) 原告は、同年三月一六日付けで被告が発令した人事発令により第一一普通科連隊への転任を命じられたにもかかわらず、合理的な理由もなくこの命令に従わず、異動完了日である同月二三日午後五時までに異動を完了しなかった。また、渥美中隊長及び門川中隊長に対して右命令を拒否する意思を明示するとともに、異動に伴う貸与物品の返納及び赴任旅費請求の拒否等具体的な行動をもって反抗不服従をなした。

(2) 原告は、関係上司等から再三にわたる情理を尽くした熱心な説得にもかかわらず、異動完了日時である同月二三日午後五時までに着隊せず、同月二四日午前八時以降四月一三日に至るも正当な理由のない欠勤を継続している。

4  原告に対する懲戒手続の経過

(一) 被告は、同年四月一三日、鎌田法務官から調査結果(右3(八))の報告を受け、原告の行為は規律違反に該当するものと判断し、同月一七日に東千歳駐屯地で懲戒処分のための審理を実施することを決定し、受命懲戒補佐官に第七師団副師団長米原光郎一等陸佐(以下「米原副師団長」という。)を任命するとともに、鎌田法務官に審理のための手続を進行させるように命じた。

(二) 鎌田法務官は、同月一三日、原告に対する左記書類の交付を東部方面総監部人事課長彦坂洋一一等陸佐(以下「彦坂東方人事課長」という。)に依頼した。

(1) 同日付け被疑事実通知書(「平成元年三月一〇日に同月一六日付けで第一一普通科連隊への転任を命じたが、異動完了日である同月二三日に至るも着隊せず以後未着隊のまま正当な理由のない欠勤を続けているとの事実につき審理することになった」旨の記載がある。)

(2) 右通知書の受領書

(3) 弁護人申請書

(4) 証拠申請書

(5) 同日付けの出頭要求書(「供述の聴取を行うので、同年四月一七日午前九時の出頭日時に東千歳駐屯地への出頭を要求する」旨の記載がある。)

(6) 同受領書

なお、彦坂東方人事課長は、同月一三日、原告と電話でやり取りしたが、その際原告が右審理関係の書類を黒田弁護士事務所に送付するよう要望したため、これらを右事務所に送付した。翌一四日、鎌田法務官は、書類が原告に送達されたことを確認するとともに審理についての細部事項を打ち合わせるため、黒田弁護士事務所に電話をかけた。同弁護士は、書類の内容を原告に知らせたこと、原告の旅行先は不明であるものの、時折連絡してくる旨述べた。

(三) その後、彦坂東方人事課長と原告との間で電話連絡がつき、その中で、原告は、同課長に対して、次のような理由から同月一七日に実施が予定されている審理を拒否する旨伝えた。

(1) 審理関係書類を一五日に受け取ったので、時間的にも東千歳駐屯地へ行くのが困難である。

(2) 本事案に至る経過についての関係者や証人はすべて市ケ谷の第三二普通科連隊におり、また、現在裁判中(本件転任処分の取消請求事件)であることから、審理場所は市ケ谷を希望する。

(3) 被疑事実通知から供述聴取の出席まで一挙に行われているなど、本件懲戒手続が正しい手順で実施されていない。

(4) 証拠調べを行わないで、直ちに供述聴取のための呼び出しをするのは疑問であるし、原告だけでなく弁護人・証人にも出頭要求はされていない。

その後、原告は、被告に対し、同月一五日付けの「出頭要求書に対する異議申立」及び「審理場所の請求について」と題する文書を送付した。

(四) 鎌田法務官が、原告からの審理延期の申し出を被告に報告したところ、被告は、同月一七日の審理を延期する旨の決定をした。そして、被告は、鎌田法務官に対して、延期した審理期日をいつにするかは原告の希望期日を確認した上で決定するが、同月二〇日に審理を実施する予定で各準備をするように指示するとともに、鎌田法務官に上京を命じた。

(五) 同月一七日、上京した鎌田法務官は、原告と直接面接して審理の延期を伝えるとともに審理に対する原告の準備状況を聴取しようと考え、黒田弁護士にその旨伝えた。黒田弁護士は、原告と連絡を取った結果、原告は文書でやり取りすることを希望していると伝えてきた。

同月一八日午後一時三〇分ころ、原告から鎌田法務官に電話連絡があった。この中で、原告は、現在水上温泉にいること、審理の場所は市ケ谷駐屯地を希望すること、審理時期については弁護人と調整して決めたいこと、弁護人として、佐藤二曹、朱通三曹及び吉本三曹を希望し、証人を二〇人ほど予定していることを述べた。鎌田法務官は、原告と佐藤二曹は共同して訴訟を行っており、緊密に連絡を取っていると考え、朱通三曹及び吉本三曹と調整できるよう手配することを原告に確約し、朱通三曹及び吉本三曹が原告と弁護人の調整をできるよう第三二普通科連隊に依頼した。当時、朱通三曹は、富士演習場で中隊訓練検閲中であったが、連絡を受けて同月一八日午後五時三〇分に市ケ谷駐屯地に帰隊した。

(六) 右のような状況を承知した被告は、審理を同月二〇日に東千歳駐屯地で行う、もし原告が市ケ谷駐屯地での審理に強く固執する場合には、同月二二日に同駐屯地で出張審理を行うことを決定した。右決定に基づき、鎌田法務官は、同月一八日、黒田弁護士事務所に赴き、原告に対する同月一八日付け再出頭要求書(「同月二〇日に供述聴取を行うので東千歳駐屯地まで出頭するよう要求する」旨の記載がある。)を渡すように依頼した。

(七) 同月一九日、原告から朱通三曹に電話連絡があった。原告と朱通三曹の用件が済んだ後、鎌田法務官は原告と会話した。この中で、原告が、同月二〇日の東千歳駐屯地での審理を拒否する旨述べたことから、鎌田法務官が同月二二日午前九時から市ケ谷駐屯地で出張審理を行う旨告げると、原告は承諾した。その後、朱通三曹が外出して原告と会うというので、鎌田法務官は、朱通三曹に同月一八日付けの再出頭要求書の写し及び出張審理を明示した手紙を原告に渡すよう依頼した。

外出先で原告と面会した朱通三曹は、鎌田法務官から依頼された文書を原告に渡した。この面会のときに、朱通三曹は原告から本件懲戒手続における原告の弁護人となってほしい旨依頼され、朱通三曹は、明確な返答は避けたものの承諾するつもりでいた。

原告は、朱通三曹を通じて、被告に対し、同月一九日付けの「再出頭要求書に対する異議申立」と題する文書を提出した。

(八) 米原副師団長は、同月二〇日午前九時、東千歳駐屯地において、審理を開始し、原告が出頭しなかったことから、門川中隊長に対する証人尋問及び調査段階で収集した答申書、原告の規律違反事実、原告に対する異動の説得の状況、原告が異動しなかったために被った影響などの証拠調べを行うにとどめ、同月二二日に市ケ谷駐屯地で出張審理を行うことを決定した。

(九) 鎌田法務官は、同月二〇日午前一一時一五分、黒田弁護士事務所に赴き、原告に対する同月二〇日付け再出頭要求書(「同月二二日に市ケ谷駐屯地において出張審理を行うので出頭するように要求する」旨の記載がある。)を原告に渡すように依頼した。

(一〇) ところで、渥美中隊長は、同月二一日午前八時四〇分ころから、朱通三曹と中隊長室で面接した。この中で、渥美中隊長は、同年八月に予定されている定期異動について個別調査をしたのち、朱通三曹に対して、本件懲戒手続において原告の弁護人となることは中隊長の決定に反することになる旨の発言をした。

一方、原告は、同日午前八時五〇分ころ、佐藤二曹とともに市ケ谷駐屯地を訪れ、鎌田法務官と面会し、同月二二日の審理には出席できないこと、弁護人は、佐藤二曹、朱通三曹及び吉本三曹の三名を予定しているが、まだだれも承諾していないこと、来週中には、弁護人を選任したい旨述べるとともに、同月二一日付けの「再出頭要求書の再度異議申立」と題する文書を提出した。

鎌田法務官は、この面接の際、原告に弁護人と直ちに調整するように要求し、そのための便宜を図るため、午前一一時ころ、吉本三曹及び朱通三曹を呼び出したが、両名は原告の弁護人となることを留保した。そこで、原告が、古川一曹、銀鏡二曹及び遠藤三曹と弁護人調整をしたい旨希望したので、鎌田法務官は習志野駐屯地で臨時勤務中の古川を除く両名を呼び出したが、両名は原告の弁護人となることを拒否した。

(一一) 米原副師団長は、同月二二日午前九時、市ケ谷駐屯地において出張審理を開始した。原告は、市ケ谷駐屯地に到着し、証人控室に入室したが、「懲戒権者に意見は述べたいが、審理には出席しない。」等と述べて、審理に出席しようとも、また、書面による証人申請もせず、鎌田法務官あるいは彦坂東方人事課長の出席するようにとの説得にも応じなかった。このため、被審理者(原告)不在のまま、被疑事実の告知、渥美中隊長及び川井田三佐に対する証人尋問、主として調査段階で収集した答申書の確認を行った。そして、原告が不出頭のため、供述聴取を行うことができないまま、同日午前九時五二分審理を終了した。

(一二) 被告は、彦坂東方人事課長から、原告が、審理には出席しないが懲戒権者に意見を言いたい旨要求しているとの報告を受け、意見聴取の日を同月二五日午前九時、場所を出張審理の場所と同一とする旨命じた。そこで、鎌田法務官は、原告に対し、同月二二日付け再出頭要求書(「同月二二日、出張審理を実施した、被疑事件に対する弁明の機会を与えるので同月二五日に市ケ谷駐屯地まで出頭されたい」旨の記載がある。)を交付した。その際、原告は、弁護人として、加藤、桜井、小林及び熊井三曹と調整したい旨申し出た。鎌田法務官は、意見陳述の際、介添人的な隊員も必要かと思い、申し出を受けることにした。

原告は、同月二四日、佐藤二曹と市ケ谷駐屯地を訪れ、鎌田法務官と面会した。この中で、原告が、弁護人として、銀鏡二曹、遠藤三曹、朱通三曹、熊井三曹及び吉本三曹の五名と調整したい旨申し出たので、鎌田法務官は、第三二普通科連隊にこれらの者と原告を面会させるよう依頼した。五名は原告と面会したが、結局、弁護人となることを拒否した。

(一三) 原告は、同月二五日、佐藤二曹とともに市ケ谷駐屯地に出頭した。そこで、被告は、米原副師団長を意見聴取者に指名し、同副師団長は、原告に対する審理は先の出張審理をもって終了したこと、原告が特に懲戒権者に対し意見を述べたいとの意思を表示したので本意見聴取の場を設けたことを告げた後、午前九時一四分、意見聴取を開始した。午前一〇時〇七分、意見聴取が終了し、その内容は意見聴取書に記載され、原告はこれに署名押印した。その後、原告は、被告に対し、同月二五日付け「一九八九年四月二二日の審理無効と適正手続による審理要求について」と題する文書を提出した。

5  被告は、以上の経過を踏まえて、原告に対して本件懲戒免職処分をした。

三  本件転任処分の効力

1  達違反について

(一) 達一〇条一項本文、一二条については文言上原告主張のように解釈する余地がないわけではない。

(二) しかしながら、

(1) (証拠略)及び本件弁論の全趣旨によれば、達は陸上幕僚長が、准陸尉及び陸曹の人事管理のうち昇任、勤務地及び補職等についてその基準を定めた行政規則であること、その制定目的は、勤務地によって自衛官個人の負担の差が小さくないことから、全国約二五〇に及び任免権者がその権限で転任等をそれぞれ行うことによって生ずる不公平を是正することにあると認めることができ、そうすると、達は任免権者に裁量権の行使の際の留意事項を定め、指針を示したものにすぎず、各隊員個人に、達に規定する事由に該当しない限り転任を拒否する権利を与えたりあるいは勤務地の選択権を認めるような性質のものではないと解するのが相当である。

(2) 達の中に充足管理対象駐屯地間の異動を禁止あるいは制限する規定はないし、また、達一二条の「充足管理対象駐屯地等」に、現在勤務している充足管理対象駐屯地を含むか否かについて文言上明らかにはされておらず、本件転任処分が達一〇条一項本文、一二条に違反しているとは断定しがたい。

(三) 以上のように、本件転任処分が達一〇条一項本文、一二条に違反しているとは断定しがたいうえ、達が、各隊員個人に、達に規定する事由に該当しない限り転任を拒否する権利を付与したりあるいは勤務地の選択権を保障する性質のものではないから、仮に達に違反したとしても裁量権の逸脱の問題が生じるのは別として、当該処分が直ちに違法となるものではないので、原告主張の達違反をもって本件転任処分の取消事由となるということはできない。

2  裁量権の逸脱について

(一) 原告が、従前から自衛隊に対して批判的な意見をもっていたことは前認定のとおりである。

さらに、原告は、前記のように自衛隊当局は剣士会を利用して佐藤二曹に同調する自衛官に対して組織的暴行脅迫等をなしてきた等と主張し、(人証略)及び原告本人尋問の結果ならびに本件弁論の全趣旨によれば、第三二普通科連隊内には、第四中隊を中心として「剣士会」と称する銃剣道の愛好者で構成する同好会(本件転任処分当時は清水三尉がそのリーダーと目されていた)があり、剣士会の構成員は、反戦運動と称する活動を嫌悪し、いわゆる反戦自衛官とみられていた自衛官に対する暴力事件を発生させていたこと、清水三尉は、もと第四中隊に所属していたところ、昭和六三年三月幹部候補生学校の初級課程を終了して再度第四中隊に戻ったが、幹部候補生学校終了後同一中隊に戻る例は珍しいこと、清水三尉は、その後に、佐藤二曹の転任問題で第四中隊がバラバラになったと感じて、反戦派をやっつけよう、或いは反戦派を追放しようというような発言をしていたことを認めることができる。

また、原告本人尋問の結果によれば、陸曹の転任については従来本人の意向が尊重されていたことを窺うことができる。

(二) しかし、

(1) 原告は、「隊内通信」や「不屈の旗」に投稿する際には本名を使用することはなかったし、昭和六三年佐藤二曹に北方への転任の打診がなされた際に、佐藤二曹に同調して幹曹会同の開催を提案し、右会同で批判的な意見を述べたが、その内容は本人の意思を尊重することを求めたにすぎないものである。そして、その後も原告が自衛隊当局を批判するような活動を積極的に行っていたことを認めるに足りる証拠はない。原告がいわゆる反戦自衛官であることが社会に明白になったのは、本件転任処分について原告が人権救済の申立てを日本弁護士連合会に対して行い、これを新聞、テレビなどのマスコミが報道した際に、原告が自らいわゆる反戦自衛官であることを公にしたときであった。したがって、本件転任処分当時、すでに、自衛隊当局が、原告をいわゆる反戦自衛官であると認識していたとは認めがたい。

(2) 本件転任処分がなされる以前に、原告に対して、原告が自衛隊に対して批判的な意見をもっていることを理由にしたと思われる嫌がらせなどがされたという事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 清水三尉が、原告主張のように、他の部隊への転任の内示がされていながら急遽第三二普通科連隊第四中隊に転任になつたことを認めるに足りる的確な証拠はないうえ、仮にそのような事実が認められたからといって直ちに自衛隊当局と剣士会が特別なつながりをもち、自衛隊当局が剣士会の積極的な育成強化に乗り出したとまでいうことはできない。

さらに、剣士会の構成員が、いわゆる反戦自衛官と目される隊員を嫌悪し、暴力を振るった事実があったとしても、その事実から直ちに自衛隊当局が剣士会を利用したものであるとか、また原告を自衛隊から排除する目的で剣士会を利用したとまで認めることはできない。

(4) 陸曹の異動について、法令上、被転任者の同意を必要とする根拠を見出しがたいうえ、これまで自衛隊当局が被転任者の意思を聴取することがあったとしても、それは円滑な異動、円満な隊務の運営を実現するためのものであることを認めることができ(〈証拠・人証略〉)、自衛隊当局が陸曹の異動を行うについて、個々の陸曹の同意を必要とする取扱をしていた、あるいは慣行となっていたとまで認めることはできない。

(三) 右(二)の各事実関係に照らせば、右(一)の事実にこれまで転任については被転任者の意思が尊重されることが少なくなかったこと、本件転任処分が達一〇条一項本文、一二条に反している可能性のあることを斟酌しても、なお本件転任処分が原告の思想信条を理由としたものであるとの事実を推認することはできず、さらに、原告の職種、階級、特技は普通科、二曹、上級軽火器であったこと、第三二普通科連隊第四中隊所属期間が約一七年にもなっていたこと(以上、争いがない)、老齢の両親と病弱な実兄が北海道苫小牧市に住んでいたこと、原告は独身で子弟の問題が生じないこと(〈証拠略〉)からすれば、渥美中隊長が原告を北海道への交流要員の最適任者と判断したこと(前記二2(七))には相当な理由があると認めることができ、前記認定の本件転任処分に至る経過を総合しても、本件転任処分をなすについて、被告に裁量権を逸脱した違法があるとまでいうことはできない(なお、原告は昭和六三年一月一日作成の調査書の最終希望居住地の欄を記載していなかったこと及び渥美中隊長が同欄の意味を最終勤務希望地と解していた可能性があるが、この事実も右の判断を左右しない。)。

四  本件懲戒免職処分の効力

1  懲戒事由の存在

(一) 本件転任処分に取消事由が存在しない以上、原告は本件転任処分にしたがって平成元年三月二三日午後五時までに第一一普通科連隊に着隊し、勤務に服すべきところ、原告が同隊に着隊したことも以後同年四月二六日まで勤務したこともないことについては当事者間に争いがない。

原告の右行為が法四六条一号所定の「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」に該当することは明らかで、それに至る経緯及び態様を勘案すると被告がこれに対する処分として免職処分を選択したこともまことにやむを得ないところである。

なお、本件転任処分に取消事由が存在しない以上、原告の勤務場所は第一一普通科連隊なのであるから、原告主張の就労要求拒絶の点も右判断に影響を及ぼさないことが明らかである。

(二) ところで、原告は、請求により年次休暇を取得しているので欠勤には該当しない旨主張する。

しかしながら、本件での原告の欠勤は、原告が本件転任処分に従わないという職務上の義務違反の状態が継続していることに基づくところ、このような職務上の義務違反の継続は年次休暇の取得によって治癒される性質のものではないから、本件において、原告が適法に年次休暇の請求をしたか否かは懲戒事由の存否の判断にあたっては問題にならない。

なお、付言するに、自衛官の年次休暇については、その時期につき、所属長の承認を受けなければならない、この場合において所属長は隊務の運営に支障がある場合を除き、これを承認しなければならないと定められているところ(施行規則四七条七項)、原告が休暇を請求した当時の所属長は第一一普通科連隊長なのであるから、陸上幕僚長及び第三二普通科連隊長に対する休暇の請求は適法なものということはできない。そうすると、原告は本件転任処分に従った着隊をしないまま、第一一普通科連隊第三中隊長に休暇を請求する書面を送付したとされる平成元年四月一三日まで欠勤を続けていることになるのであるから、右中隊長に対する年次休暇の請求による年次休暇の取得の有無にかかわらず、それだけで優に懲戒事由の存在及び免職処分としたことの相当性は満たされていると解される。

よって、いずれにしても原告主張の年次休暇請求の点は前記判断を左右するものではない。

2  懲戒手続の適法性

(一) 前記認定(二の3、4)のところからすれば本件懲戒免職処分の手続は関係法規に則り適法に行われたものと判断できる。

以下、原告主張の各点につき検討する。

(二) 施行規則及び訓令違反

(1) 先に認定したところよれば、施行規則及び懲戒訓令において被疑事実通知書と出頭要求書を同時に送達することが禁止あるいは制限されているとまでいうことはできない。

(2) 本件では、原告は遅くとも平成元年三月二四日には規律違反を鎌田法務官から明確に告げられており、この時点で懲戒手続が開始される可能性を十分認識していたのであるから、懲戒手続の審理のための準備時間は十分に存したということができる。

(3) 原告は、市ケ谷駐屯地を同年四月一日に退去した後その連絡先と同人が指定した弁護士事務所においても、旅行先が不明で、原告との連絡が取れない状態にあった。しかも、原告は、被告が原告の要求に応じ市ケ谷駐屯地において開いた出張審理についても一旦承諾しながら結局出席しないで、本件懲戒手続の手続違反の主張を繰り返すのみであった。

(4) 以上の事実関係を総合すると、本件において、被疑事実通知書や出頭要求書の送達方法あるいは出頭期日の指定の仕方により、原告の弁護人選任や証人申請の時間的余裕が奪われたとはいえない。

(三) 弁護人選任に対する妨害

(1) 渥美中隊長が、朱通三曹に対して、原告の主張するような発言をしたこと及びその後朱通三曹が弁護人となることを拒否したことは前記認定のとおりであり、いささか不適当な発言といわざるを得ない。

しかし、被告は、本件懲戒手続の当初から、原告が弁護人として予定し調整をしたい旨申し立てた隊員に対して連絡をとり、なかでも朱通三曹については演習先から呼び戻すなどして、原告が調整を行うことができるように協力をしており、このような姿勢は、渥美中隊長の前記発言後も変わっていないのであり、これらの事実を総合的に判断すると、右渥美中隊長の発言をもって本件懲戒手続を違法とし本件懲戒免職処分の取消事由になるとまでいうことはできない。

むしろ、前認定のところによれば、被告は、本件懲戒手続を行うについては原告の希望も考慮し、弁護人の選任についても配慮していたことを認めることができる。

(2) 原告は、平成元年四月二二日、当日の審理終了後、原告が熊井三曹に弁護人を依頼しようとした際に川井田三佐が主張のような発言をし、以後同月二五日の意見聴取までの間に同様のことが行われた可能性があるという趣旨の供述をするが、先に認定したところによれば本件懲戒手続の審理は同月二二日午前九時五二分に終了していることが明らかであるから、右発言の有無にかかわらず本件懲戒手続の効力自体に影響を及ぼすものではない。

(3) そして、被告が他に、本件懲戒手続において原告の防御権の行使を妨害した事実を認めるに足りる証拠はない。

(四) 原告は、本件懲戒手続と吉本三曹の懲戒手続との取り扱いの差異を主張するが、本件懲戒免職処分は吉本三曹の懲戒とは事案が異なるので、両者を比較することは相当ではない。

(五) 右(二)ないし(四)に検討したとおり、本件懲戒手続に原告が主張するような手続違背を認めることはできない。

3  したがって、懲戒事由の存在、懲戒手続の適法性に欠けるところはなく、本件懲戒免職処分に取消事由があるとはいえない。

第四結論

以上のところから明らかなように、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田敏明 裁判官 甲斐哲彦 裁判官 小出啓子)

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